少子高齢化が進み、人材不足が多方面で叫ばれる現代日本。地方公共団体における今後の人材不足問題は深刻で、行政の効率化は喫緊の課題といえる。
横須賀市ではこの問題に取り組むために「生成AI開国の地」として、全国で初めてChatGPTの全庁的な活用を開始した。
横須賀市はChatGPTのどこに注目し、いかにして全庁導入を成し遂げたのか。横須賀市経営企画部デジタル・ガバメント推進室の室長 寒川孝之氏、および課長補佐の太田耕平氏に伺った。
ChatGPTが可能にした庁内業務の効率化
――横須賀市は全庁でのChatGPTの試験導入を 2023 年 4 月 20 日に開始し、4 月 22 日には日テレNEWSで放送されるなど報道されました。
その中で、寒川様はChatGPTが「限られた人員でこれから増えてくる行政課題に効率よく対応することに資する」こと、そして「便利な機器で多くの仕事ができることが市民に対する還元」だとおっしゃっていました。具体的にはどのような部門で活用され、成果を上げられたのでしょうか?
寒川 最初は一般的な文章や挨拶文の作成など、簡単な使い方しかしていませんでした。しかしその後、深津貴之さんに横須賀市の生成AI戦略アドバイザーに就任していただいたのが契機となりました。深津さんは「深津式プロンプト」を世に広めたことで知られていて、対話型生成AI活用のトップランナーとして活躍されている方です。
深津さんの研修を受けることから始まり、2023 年 11 月 20 日には、横須賀市職員を対象にChatGPT活用コンテストを開催するまでに至りました。52 件の応募があり、そのうち優秀な 5 名が入賞しました。コンテスト会場にはこちらの想定以上の観覧者が来てしまい、立ち見が出て、あまりの混雑ぶりに帰ってしまった職員がいたぐらいです。
――現在、庁内ではどんなChatGPT活用事例があるのでしょうか?
寒川 税務部の職員は、ChatGPTを使って研修の資料素案を作成し、研修開催のための手順を構築しています。国民健康保険の担当部署では、順番に並んでいないレコード同士のデータ突合を簡単にする仕組みをChatGPTで作りました。生活福祉の担当部門では、ChatGPTを活用して、会計文書のデータを送り込むのに必要なPDF化したデータを一度で変換するためのマクロを組みました。消防局では法令の理解を促すために、2 人の会話形式で学ばせる物語風の教材をChatGPTで作りました。
単なる文書作成だけではなく、いわば仕事のパートナーとしてChatGPTを使っていることが横須賀市の特徴と言えるかもしれません。
――ChatGPTの活用により、職務の業務効率化が具体的な数字として現れた例はありますか?
寒川 先ほどの国民健康保険のデータ突合では、今まで 2 時間かかっていたものが 10 分で終わるようになりました。文書作成においても 10 分かからず素案ができるなど、数値として出ていますね。
太田 2023 年 6 月 5 日に公表した「ChatGPT活用実証結果報告」では、年間に 22,700 時間の業務時間の短縮が想定されることを示しました。これは削減が見込める時間としてわかりやすい数値ですが、私はそれ以外に質の向上が図れていると考えます。ポスターや諸々の案内など、行政が出す文章にはわかりやすさが求められます。ChatGPTを使うことで、お役所的な硬い表現ではなく、よりわかりやすい表現で、簡単に文章を作成できます。
――横須賀市独自のChatGPT活用法はありますか?
太田 一つ特徴的なのは、他の自治体からChatGPT活用の問い合わせに対応するbotを作ったことです。以前は 100 を超える自治体からの問い合わせに、かかりきりになっていました。その問い合わせが、費用、構成、利用ルール等、似通っていたことから、自動で対応するボットを 8 月にリリースしました。これは、ChatGPTに追加で学習をさせ、特定分野の内容に答えられるようにしたもので、珍しい活用法かと思います。
――ChatGPTを活用するうえでの課題は、導入時あるいは実証中にありましたでしょうか?
寒川 職員の質問力を向上させ、底上げをすることが課題でしょうか。ChatGPTは、横須賀市の人口のような検索や漠然とした質問には答えを返しません。これを見た職員は、ChatGPTは使えないと思うでしょうが、実際は違います。ChatGPTは、良い質問をすれば良い回答を返します。
市長のトップダウンで始まった「生成AI改革」
――全庁でChatGPTを導入した経緯についてお伺いします。上地克明市長の指示から検討チームを発足し、実証を開始するまで 1 ヶ月かからなかった。このスピードはなぜ達成できたのでしょうか。
寒川 横須賀市では、ChatGPT導入のインフラとして自治体用ビジネスチャットツール「Logoチャット」を導入していました。さらに、これとChatGPTを技術的につなげる技術のある職員がいました。実はその職員は、VLEDの坂村健理事長が学部長を務めるINIAD(東洋大学情報連携学部)の卒業生で、坂村イズムを発揮して活躍してくれました。そうしたなか、本格的に取り組めと市長のトップダウンの決断があり、私たちもとても興味を持って進められたというのがロケットスタートにつながりました。
――やはり横須賀市役所内に、技術力のある職員の方がいらっしゃるかどうかが鍵になりましたか?
寒川 5 名のチームでスタートしたのですが、技術力や興味のある職員がいたからこそ、このスピードで実現できたのでしょう。全部自前で作れたから早く実現した。いち早く最新のテクノロジーを活用しようというコンセプトで進めたのが良かったと思います。民間サービスは長期的に安定して運用できるメリットがありますが、コスト面の課題もあるし、なによりここまで早く構築できなかったでしょう。
他自治体へのアドバイス―怖がることはなにもない
――2023 年 6 月 5 日のChatGPTの全庁的な活用実証の記者会見資料では、「他自治体への研修を企画」とありましたが、どのようなプログラムを予定されているのでしょうか。
寒川 はい。2024 年 1 月 22 日 ~ 23 日に泊りがけの研修を横須賀市で行います。60 名程度の参加で、現在、自治体だけでなく民間企業にも参加のお声がけをしているところです。ここでも深津貴之さんに講師を務めていただくことになっています。
――他の自治体のお話が出たところで、ChatGPTを導入しようとしている他の自治体へのアドバイスをお願いします。気になっているが、何らかの理由で躊躇している自治体もあると思います。
寒川 もう迷わず使った方がいいということです。個人情報が漏れるのが怖いという話をよく聞きますが、私には個人情報を入力するシーンが思い浮かびません。
実際、視察に見える方の中には、ChatGPTを使ったことのない方も多いです。そのような方は最初、ChatGPTを懐疑的に見ています。その方に、ある想定での謝罪文を出力させて見せると、「おー」って言って納得いただける。このように、ChatGPTは質問力さえきちんと身につければ非常に便利であることを、ご理解いただいています。
デジタル技術ではなく、「改革意識」こそがDXの根幹
――先ほどのお話でChatGPTのプロジェクトをスタートさせたチームには、技術的に知見のある職員の方がいらしたということでしたが、そういった方々を意図的に集められたのでしょうか?
寒川 いえ、「改革意識がある」かどうかのみで集めました。私が求めるのは、とにかく市役所はこのままではダメだということを理解した上で、どうすれば業務を変えて経営できるかという意識をしっかり持っているか。それだけですね。デジタル技術は一切重要視していません。
――今後の横須賀市のDX推進に関する展望をお聞かせください。
寒川 あくまで職員の意識を変えていく、これが最大の目標ですね。今のままでいい、別に困っていない、昔からこのやり方だからというのは、公務員の三大気質などと言われます。これをいかに破壊していくかが最大の課題です。自治体というのは、このままだともう本当に先がないのです。だからどうやって職員全体の意識を変えて、より働きやすくできるか。そこがDXの一番の根幹です。
太田 今回のChatGPTの導入において、まず企画部門で触って、有効性を試してから全庁に広げた方がいいのでは、という声もありました。しかし、最初から全庁で使う決断は、まさにその意識改革にあたります。今後新しいツールが出たときに、それを受け入れる体制にするか、拒絶する体制にするか。それを考えたときに、最初から全庁展開することを説得して実現しました。これは、まさに意識改革につなげたいからです。これからも私たちは改革意識を醸成する方策を打っていきたいと思っています。
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生成AI開国の地というキャッチコピーを掲げ進む横須賀市。まさに「生成AIによる維新」とも呼ぶべき大きなうねりが世界を席巻しているわけだが、今回のインタビューで特に印象に残ったのは「デジタル技術ではなく、改革意識」という言葉だった。生き残りを賭けた民間企業ではなく、「公務員の三大気質」が根強い自治体でこうした危機意識、改革意識を持つチームが素早く作られ、抵抗があったろう中で成果を出せた。
* 本記事は、地方公共団体DX事例データベースに掲載しているDX事例「横須賀市役所でChatGPTの全庁的な活用実証」の特集記事となっています。こちらもあわせてご覧ください。