江戸時代の町の火消組「いろは四八組」がその前身とされ、さまざまな変遷を経て今日に至る消防団。地域の住民たちによって構成され、災害や火災などの発生時に消防士を助けて消火や救助活動にあたるという役割を担っている。彼らの活躍の場を直接見る機会は少ないが、使命感を持って住民の安全を守る、まさに「守り手」だ。
しかし、そんな地域防災の要である消防団も時代の変化とは無縁でいられない。日中はサラリーマンとして働いている消防団員の増加により、災害が発生しても出動できない、仕事中で災害通知に気付かないなどの状況が増加し、災害発生時における消防団の最大の強みである即時対応力が弱まっているのだ。
こういった問題に対応するため、当時の消防団員たちにより開発したのが、消防団専用・防災アシストアプリ「S.A.F.E.」である。2015 年 4 月より国際情報工科自動車大学校との共同開発の構想が始まり、2018 年 7 月須賀川市、同年 8 月に須賀川地方広域消防組合で運用開始。その後は総務省のICT地域活性化大賞2020で大賞を受賞するなど、その革新的な取り組みに注目が集まっている。
今回は、須賀川市消防団の事務局を担う須賀川市総務部市民安全課 消防係長の遠藤文康氏と、現在アプリの開発・保守・販売を手がけている情報整備局株式会社 代表取締役社長の斎藤浩平氏にオンラインでお話を伺った。そこでは「VLED消防団」という仮の消防団を設定し、デモ環境で「S.A.F.E.」アプリの動作を詳しくご解説いただいた。
地域を護る、消防団の実態とは
――消防団は身近な存在であっても、実際の活動内容がわからない方が多いと思います。消防団の役割について教えていただけますでしょうか。
遠藤 消防団の最大の役割は火災が発生したときの消火活動で、防災に関わる後方支援的な活動がメインです。具体的には、火災が起きないように周知するために警戒活動をしたり、消防署の現場での消火活動をサポートしたりします。
――消防署と消防団の違いについて、どう考えればよいでしょうか。
遠藤 消防署は「常備消防」といって常に災害に備えています。火災現場などでは消防署がメインで出動し、消火活動をします。そのため、消防署の消防士は毎日訓練しています。
一方、消防団は「非常備消防」といって、各自自分の仕事を持ちながら、地域のために活動をしています。消防団も週末などに消防士や団本部の指導を受けながら、各種訓練を行います。火災発生の通知で出動することから始まって、実際に消火栓等からホースをつないで火元に向かって放水します。つまり、消防署と同じ活動をしていますが、備え方が違うということです。消防署がプロであれば、消防団はアマチュアといったところです。
地域で行方不明者が出たとき、人手不足などで捜索の依頼があった場合は、団長から許可を得て、私たちも出動します。最近では集中豪雨などの自然災害の際に、冠水場所情報の連絡を受け取り、消防署と一緒に消防団員が防災や災害対策のための広報活動に回るなど、活動は多岐にわたります。
――一般の住民にとっては消火活動の現場の雰囲気を感じることは難しいと思うのですが、どのように消火活動が行われているのでしょうか。
遠藤 まず、災害で命を犠牲にする人をなくしたいというのが私たちのいちばんの目標です。消火活動の内容はさまざまです。林野火災であれば火を消して、くすぶっているところがなくなれば鎮火となります。建物火災で逃げ遅れた人がいる場合だと、あえて放水をいったん止めて、消防署員が建物の中に入り行方不明者を捜索します。消防署員が中にいる間に放水してしまうと、中に煙が舞ってしまうので放水を止める必要があるのです。消防署員が建物から出てきたら再び放水を始めるなど、状況によって消火活動は大きく変わります。
私どもとしては一刻も早く鎮火の状況に持っていければいいのですが、30 分ぐらいで鎮火となる場合もあれば、建物の関係者に連絡がつかない場合は、まだ建物の中にいる可能性があるので、どこにいるかを消防署員が聞き取りして、ポンプを背負ってマスクをして潜入し捜索します。最近では発見までに 8 時間もの時間を要し、救助が叶わず尊い命が失われてしまった痛ましい事例もありました。
住宅やマンションなどが密集している状況では、火を消すときに片側からだけ放水していると火がもう一方に燃え移ってしまいます。そこで私たち消防団は、延焼を抑えるために反対側から放水する場合があります。そのことを住民の方に説明する必要があるときもあります。このように私たち消防団はいろいろなケースに臨機応変に、放水する位置や、放水を止めるべきかどうかなどを判断して動いています。
――大変な活動だと感じました。防災フェア等にも参加して、住民への啓発活動も行っているのですね。
遠藤 はい、本市主催の防災フェアでは、地域の方に防災意識を高めていただくために、お手伝いという形で参加しています。今年度は、消防団員のサポートのもと実際に火災現場で使用する管鎗(かんそう)をもって、子どもたちに放水体験をしてもらったり、水消火器を実際に使って的を倒したりするブースを設ける等、消防団員が参加しました。その他、消防団員が各地域のイベントに参加して、住民への啓発活動を行っています。
昨今の異常気象のなか自然災害が増えていますが、一人ひとりの防火意識が広まっていけば、火災による被害は低減できると思います。
――消防団員には男性が多い印象がありますが、須賀川市では女性の消防団員も活躍されていますか。
遠藤 私たち須賀川消防団の中には女性班があり、女性メンバーが 13 名います。そのうち 9 名は普通救命の指導資格を持っています。1、2時間で取得可能なAEDの資格もありますが、その方たちを指導するための資格です。1 日から 2 日ほどかけて指導方法の講習を受けた団員が、消防署の職員の代わりを務めます。
私たちの消防団では、女性班はAEDを使った救命や初期消火などで活躍しています。他の自治体では、女性団員がポンプ車や小型ポンプを操作して、放水の役割を担っているところもあります。
――消防団はボランティアでありながら、報酬もあるのですね。
遠藤 はい、消防団員は非常勤の公務員という扱いになっています。団員報酬といって、私たちの消防団の場合、団員には年間 36,500 円の団員報酬が支払われます。普段からの消火栓の点検作業や、災害発生時の通知時にいつでも参集できる体制を取っておくための報酬です。さらに、火災現場に出動した時に支払われる出動報酬があります。出動報酬は活動時間や活動内容によって異なりますが、 1 日あたり最大 8,000 円の報酬となります。
時代、地域によって変化する消防団の組織体制とカルチャー
――須賀川市の消防局の組織体制について教えていただけますでしょうか。
遠藤 本市を取り巻く常備消防の組織としては、須賀川市を含めて 1 市 4 町 3 村のエリアをカバーする須賀川地方広域消防組合があり、現在 205 名が勤務しています。本市を管轄する須賀川消防署、長沼分署には、65 名の署員が勤務しています。
続いて、非常備消防である須賀川市の消防団員は、2024 年(令和 6 年)9 月 1 日現在で、828 名の団員が活動しています。団員は 18 歳以上の方で年齢に上限はありません。その中には一般の団員とは別に、一度消防団を退団した方もいます。消防団員は現在、サラリーマンが多いので会社に出勤中で火災に対応できない場合に、地元に残っているOB団員が消火活動をサポートします。そういった団員を「機能別消防団員」といっていて、828 名のうち 37 名が該当します。
――須賀川市の消防団員が828名というのはかなりの数のように感じますが。
遠藤 2023 年(令和 5 年)4 月には 840 人いました。福島県の中では須賀川市と同程度の人口規模の自治体で、もっと多い 1000 人程度の団員がいるところもあります。ですが、その 1000 人の中に機能別消防団員が 180 人ぐらいいるなど、自治体によって団員の構成人数はさまざまです。
――2023年度の全国クラウド実践大賞北海道東北大会の動画では、須賀川市消防団では、地元の密着度、横のつながりが非常に強いとありました。須賀川市ではそういった文化が根付いているのでしょうか。
遠藤 はい。地元の消防団員が地域のコミュニティに欠かすことができない存在であることは事実であり、横のつながりとしては、都会の消防団に比べると強いと感じています。また、須賀川市消防団では、オリジナルの消防団Tシャツを貸与しており、より一体感を醸成しているかもしれません。ちなみに、今私が着ているのは、そのTシャツです。私も斎藤さんも消防団員なので、本日は同じTシャツを着て、インタビューをお受けさせていただいています。
斎藤 私は入団して 15 年になります。20 代は東京でシステムエンジニアとして働いていましたが、長男ということもあり地元の須賀川市に戻ることになりました。30 歳前に戻らないと地域に溶け込めないと思い帰郷すると、消防団に誘われました。感じたのは、消防団はただの防災組織ではなく、地域のコミュニティだということです。同世代でコミュニケーションを取ることができ、若者にとって貴重なコミュニティでもあります。実家に帰っても、近所のお年寄りがどなたかわからない状態でしたが、消防団に入るとそういう方々ともコミュニケーションが取れるので、すんなり地元に馴染めるようになりました。
――お二人ともずいぶん長く消防団員としてご活躍されているのですね。
遠藤 消防団員は、一昔前だったら入りたい人がたくさんいたので、10 年も続けられませんでした。今では若年層の入団が年々減少しており、20 年、25 年と継続して活動を続けている方も多いです。また、消防団の平均年齢は県内・全国的にもどんどん上がってきていて、今は恐らく 40 歳ぐらいになると思います。
斎藤 私は、いろいろな自治体に消防団用システムを販売していますが、地方ほど消防団が活躍できないと困るという話をよく聞きます。
都会は消防署の体制が充実していて、火災対応も基本的にはたくさんいるプロの消防士の方が対応できます。一方、地方ほど状況は異なり、消防団が率先して行動する必要があります。たとえば山奥だと消防署が駆け付けるまで時間がかかる場合もあり、到着までに消防団の手で鎮火の目処をつけておく必要がある。地方ほどそういった自助組織の役割が大きくなります。
――消防団の魅力はなんでしょう。
斎藤 消防団はそれぞれ別の職業を持っているので、何十人も集まれば会社員から自営業の方までいろいろな方がいます。その多様な経験や知識を背景に消防団として力を発揮できる。そこが個人的には面白いと思いますし、魅力であると感じます。
S.A.F.E.が劇的に変えたものとは何だったのか
――ここから、消防団専用 防災アシストアプリ「S.A.F.E.」の導入についてお伺いしたいと思います。導入前後で、火災が発生したときの消防団員への連絡は、どのような違いがありますか?
遠藤 火災が発生したら、火災情報が消防署から消防団へメールで送られるというのが全国的な仕組みになっています。消防団には序列があり、いちばん上に団長、副団長、須賀川市ではその次が分団長、副分団長と続き、各班の部長、各班の班長、そして団員となっています。須賀川市の場合、まずメールが消防団の部長以上に送られ、それを読んだ部長が、各班に火災発生現場情報を、電話・メール・LINEなどで伝え、ようやくいちばん下の団員が火災現場を認識し、出動するという形でした。
S.A.F.E.の導入後は、消防団員が自分のスマートフォンにこのアプリを入れておけば、一斉にスマートフォンに通知が行くので、初動がかなり早くなっています。
斎藤 S.A.F.E.にはシステム用の特殊なメールアドレスがあり、そこに火災発生のメールを送信してもらえれば、その内容を自動的に解析して、S.A.F.E.で一斉に団員に通知します。通知を受け取ると火災現場、水利の位置情報も同時にアプリで確認できるようになっています。
――導入前はメールだったり電話だったりと、いろいろな手段を選ばなければいけなかったのですね。
遠藤 昔だったら、屯所(とんしょ)とよばれる場所に火の見櫓(みやぐら)とよばれる鐘がありました。火災が発生したら警鐘を鳴らして火災が起きたことを周りの住民や消防団に知らせることで、皆が屯所に集まってきていたのです。それが時代とともに電話を持つようになり、団員が電話で火災発生と参集を知らせるようになりました。携帯電話が普及すると団員がメーリングリストを作って一斉にメールが送れるようになり、さらにLINEが普及すると団員がLINEグループに発信するなど、情報の発信手段が次第に進化して参集は早くなっていきました。それが、このアプリの導入によって飛躍的に早まったといえるでしょう。今は消防署に火災発生の連絡があると、数分で情報がメール送信されたと同時に、一斉にすべての団員のスマートフォンのアプリに通知が行くようになりました。
――その通知が受け取れるのはスマートフォンを持っているに人に限るということですよね。フィーチャーフォン(従来型携帯電話、ガラケー)を持っている方にはどのように参集通知がされていますか。
遠藤 S.A.F.E.アプリの団員のログイン率がわかるのですが、現在では90%の団員がこのアプリを入れています。フィーチャーフォンしか持っていない場合には、班の中で電話やメールで伝えているのが現状です。
やはりアプリを入れている団員の対応は圧倒的に早いです。集まる人数は仕事中といった諸事情があるのでそれほど変わりませんが、現場到着までの時間が短くなっています。以前は消防署が先に現場に到着していて、消防団員は後方支援に回るという形でしたが、現在では、消防署より早く現着し、ホースを延ばして放水の準備が完了していることもあります。
――このS.A.F.E.アプリのいちばんのメリットはどこにあると感じられていますか。またその具体事例を教えてください。
遠藤 このS.A.F.E.のいちばんメリットは、水利の位置が明確にわかることです。水利とは消火栓や防火水槽など、取水できる場所のことです。以前は、火災があったときに、地元の団員は消火栓の点検をしているので、どこに消火栓があるのかわかっていますが、地元以外から応援に来た団員は、住民の人に「この辺に消火栓はどこにありますか?」と大声を出して聞いて確認していました。しかし、このアプリ導入後は「最寄りの消火栓を別の班が使っているので、別の消火栓から水を引っ張ってこよう」といった判断が迅速にできます。ほかに川や池などがマップ上に表示され、その位置が把握できることもこのアプリを利用するメリットになっています。
斎藤 このアプリの最初のいちばんの目標は、その自治体にあるすべての水利(消火栓、防火水槽)の情報を全団員がどこにいても把握できるようにするということでした。なので、まず自治体内の水利をすべて登録したうえでアプリの運用を始めるのが基本になります。誰が真っ先に現場に到着しても水利の位置がわかりますから、準備を少しでも先に進めておけば、最終的な鎮火までの時間が短くなります。
――キャリア年数に関わらず水利の場所がすぐにわかるのは大事ですね。使用可能な消火栓とそうでないものがあると思いますが、アプリでは使える消火栓のみ登録されているのでしょうか。
遠藤 私たち消防団員がいつどの消火栓を点検したかをアプリ上で入力できるようになっていて、その点検記録がアプリを通して全員に共有されます。同時に、点検の結果今は使用できないことが判明した消火栓も、常に明確に把握できるようになっています。
須賀川市には 1331 個の消火栓があり、1 年に 1 回程度水出しして点検しています。どのエリアの点検が進んでいないかも一目瞭然です。
――こうした記録操作は誰がやっても簡単にできるようになっているのでしょうか。
斎藤 このアプリの大きな特徴は、開発者の私が現役の消防団の団員だということです。使いにくいシステムでよく見受けられるのは実際に使うユーザーと開発者の距離が遠く、現場のニーズを把握しきれないというケースです。その点このアプリに関してはその距離がゼロであり、最大限に使いやすいものだと自信を持って言えます。特に、現場でいかに少ない手順で操作できるのかを追求してアプリを設計しています。
――年齢層が高いと、スマートフォン操作が苦手な方もいらっしゃると思いますが、その点はいかがですか。
遠藤 スマートフォン操作に慣れていなくても、十分に使いこなせるよう工夫されています。点検報告の場合、点検した消火栓のボタンを押して、次に異常なしや異常ありといったボタンを押すだけです。異常ありの場合は消防団事務局に報告されます。出動する際も、屯所に行くのか、火災現場に直接行くのかを選べます。今遠くにいて屯所には行けないけれど、何分後に火災現場に向かうといった意思表示も全部ワンタッチで操作できます。
斎藤 基本的にボタン操作を 3 回、4 回押すだけで済むような設計になっています。たとえば、火災現場までのナビゲーション機能もあるのですが、アプリ地図上の火災現場の位置をタップしてから、2 回程タップするだけで火災現場までのルートがわかるようになっています。
S.A.F.E.アプリ開発の背中を押した「思い」
――このアプリを開発するにあたって、ご自身が消防団員だというのはやはり強みだと思うのですが、そもそもどういう経緯で「S.A.F.E.」を開発することになったのでしょうか。
斎藤 地元に戻ってきて消防団に入団した次の年ぐらいに 2011 年の東日本大震災が起きました。通信が混み合い電話も通じないような状態になり、道路も損傷して車が通れないような道路もたくさんありました。消防団は上からの指令で動くのですが、それも来ないような状況で、とりあえず皆で集まって自分の地元のパトロールをしていました。逆にいえばそれぐらいしかできなかったのです。何か情報共有できるものがあれば、もっと消防団としていろいろなことができたのではないかと反省しました。
消防関係者が情報共有するためのシステムがないかと調べてみたのですが見当たりません。そこで、私の本業がシステムエンジニアなので、自作したものをとりあえず自分の班で試しに使ってもらい、どんどん広げていきました。それが今から 6 年前の 2018 年に須賀川市役所さんに導入していただき、運用を開始したという経緯です。
――貴社の副社長である和田さんは開発にあたって別のモチベーションがあったのですよね。
斎藤 和田は今は退団していますが、当時消防団員だった時、すべての関係者が火災発生の連絡を受けることが重要であり、そういった仕組みを作ることが大事だと考えていました。それというのも、あるとき和田の地元で深夜に身内の火事が起きたのです。その時にサイレンが鳴ってその音に気付けばすぐに駆け付けられたのですが、和田自身は火災現場から遠くサイレンの音が届かない場所にいて、火災の連絡も遅れてしまいました。翌朝はじめて連絡に気付き、現場に行くことになったのですが、そういう辛い思いをした経験からの考えです。
私の方は最初、水利情報がわかるのが大事だと考え、須賀川市の水利情報を登録して消防団の中で情報共有していました。その頃和田と知り合い、一緒に「情報整備局」(当時個人事業主、現在法人化)という組織で事業を始めたのです。
S.A.F.E.導入の経緯、その後の展開について
――須賀川市がS.A.F.E.を導入するまでに苦労、工夫された点について教えてください。
斎藤 須賀川市に導入してもらうまでは大変でした。やはりどこにも実績がないものには警戒心があり、最初は門前払いでした。「いいね」とは言ってくれるけども、なかなか導入に向けた話になりません。そこで試行錯誤の歴史が始まりました。
まず、産学協同の取り組みとして、国際情報工科自動車大学校の学生さんと共同開発を行い、学生さんの教材としてお渡ししたのです。学生さんも全部は作れないので、裏側のサーバーの処理は私が用意しましたが、ユーザーインタフェース面で操作ボタンの配置とか操作の部分を考えてもらいました。そこから常に改良に改良を重ねてブラッシュアップしており、現在ではだいぶ形は変わっていますが学生さんに考えていただいた要素の一部はエッセンスとして残っています。
――消防団の方が操作しやすいようにする設計は、斎藤さんのアイデアなのですか。
斎藤 もはや、私だけではありません。最初に自分の班で使ってもらい、さらに利用の範囲が広がるにつれていろいろな意見が集まってきて、それらが反映されています。したがって誰が設計したというよりは、現場で考えて皆で作り上げたということになります。学生さんも、地元の消防団員に取材をして意見を聞いたりしていました。
――そうして今でも進化を続けているS.A.F.E.を須賀川市で導入できた経緯について教えてください。
斎藤 いろいろな経緯が複合的に合わさって導入されたといえると思います。まず須賀川市の消防団員が開発したという点があり、実際に「このアプリ、いいよね」と評価も頂いていました。しかし、アプリがいいというだけですぐに導入されるわけではありません。
遠藤 やはり費用がかかる問題なので、コストがどれくらいかかるか、それに見合った効果が見込めるかが判断されます。実はアプリが導入された 2018 年かその前の年に、和田さんがたまたまある食事会で当時の市長にお会いする機会があり、「実はわれわれでこういうアプリを作っています」という話をしたのですね。そうしたら、後日市長から「こういうアプリがあるそうだから市で導入したらどうだ」とトップダウンで検討指示があり、予算がついて導入することになりました。このようにいろいろな経緯があるのですが、結局導入に至ったいちばんの要因は、何よりS.A.F.E.が消防活動に優れたアプリで、コストに見合った効果が見込めたからです。
――導入・運用コストも少なく、100万円程であることが総務省の資料にありました。
斎藤 自治体の規模によります。須賀川市は大きな方ですが、県内で平均すれば運用コストはだいたいそれぐらいになると思います。
遠藤 実は須賀川市の場合、導入コストはありませんでした。元々斎藤さんが個人的に消火栓の位置などをすべてデジタルマップ上に入れてくれていたからです。一般的には、紙の住宅地図に消火栓の位置が記されているので、それをデジタルマップに入力する作業が導入費用になるのですが、須賀川市の場合、それがありませんでした。
斎藤 最初は有料のサービスは考えておらず、消防団活動の延長でした。純粋に団員が手元のデジタルマップ上で水利情報が見られたら便利だろうなと思ったのがきっかけでした。
しかしそこから、火災情報との連携などの機能を加えようとするとボランティアで続けていくのが難しくなりました。そこで、きちんと費用を頂いて保守管理できるような体制が必要だと思い、現在のような体制となりました。
遠藤 須賀川市では、消防団員用に 800 ライセンス、さらに消防署や事務局用をあわせて全部で900 ライセンス、年間 180 万円前後の運用費です。
斎藤 大まかな計算ですが、団員 1 人あたりで 1 か月 200 円程度です。競合会社の製品では 300 円ぐらいだと思いますが、S.A.F.E.は他社製品に比べより多くの消防活動に役立つ機能を備えています。
――火災関連以外ではどのような機能があるのですか。
斎藤 最近毎年のように水害、地震の心配があり、その際も消防団は動きます。水害発生、地震発生となれば、消防団が自分の管轄内のパトロールに出動しますが、そこで土砂崩れ、道路損傷、浸水冠水といった状況を発見します。今までであれば、電話・無線・口頭ベースで本部に情報を伝え、本部の大きい白地図にその情報を書き込んでいくような作業をしていました。しかし口頭なので、目標物がない場所の位置を説明するのは大変です。状況を口頭で説明をするのもやはり大変です。
このアプリでは、地図上に位置をマークしたうえで、目の前の状況をスマートフォンで撮影して登録できるようになっています。本部でも同じ地図を見られるようになっていて、地図上に団員が集めた情報がマークとなって現れ、そこを触るとその状況画像が表示されます。この機能は、消防団が持っている情報をいち早く正確に本部に集められるという点が最大のメリットです。
――S.A.F.E.は、須賀川市での導入後、福島県の経営事業計画に承認され、復興庁の「新しい東北復興ビジネスコンテスト」で優秀賞、総務省の「ICT地域活性化大賞」で大賞を受賞されています。こうした承認・受賞による影響はありましたか。
斎藤 自治体への導入、そして人の命に関わるシステムでは、やはり何よりも信頼性と実績が大切になります。今でもいろいろな自治体さんから問い合わせいただきますが、やはり受賞履歴を見たからというケースは多いです。今では福島県の 3 分の 1 ぐらいの自治体でS.A.F.E.が導入されています。福島県以外の自治体ですと、岐阜県と山梨県に導入いただいており、現在のところ全国で 20 市町村ほどに導入されています。ほかに備前焼で有名な岡山県備前市で、国の補助金である「デジタル田園都市国家構想交付金」の一部活用して来月くらいからご利用いただける予定になっています。
また、東南アジアへの海外展開も進めようとしています。東南アジアでもやはり消防団のようなボランティアの組織があります。国は違えどやりたいことは変わらないだろうと考え、現在、海外に向けての体制を整えている状況です。
――今後の防災におけるDX化でさらにどのようなことが必要だと思われますか。
斎藤 大きく二つあると考えています。一つは消防署との情報共有です。S.A.F.E.アプリは地図上で消防団の車両位置を確認できるのですが、消防署の車両はわかりません。もし両方が把握できれば消防署も消防団もその消火活動が違ってきます。消防署も巻き込んで、一つのシステムで情報共有できれば、さらに効率的な消火活動ができるはずです。
もう一つは、住民への情報提供です。先ほど、消防団員が見つけた土砂崩れ状況などを共有して報告する機能を説明しましたが、消防団員が集めた「○○の道路が今通れない」といった最新情報は市民の方も知りたいと思うのです。「○○は土砂崩れが起きそうだから今は危ないので近寄らないで」「○○は鎮火したから通っても大丈夫」といった情報を住民の方も地図で確認できたら良いと思います。
――消防署と消防団との間は情報が共有されているわけではないのですね。
斎藤 共有されていないのが実情です。消防署と消防団は成り立ちも違います。火災等の現場での情報共有は口頭伝達にとどまっていると思います。
遠藤 須賀川市では須賀川市自身が消防団の事務局を持っていますが、大きな市では消防署が消防団の事務局を持っている場合もあり、消防団の位置づけもさまざまです。こうしたことが原因で組織を越えた連携が難しくなっているのが実情です。須賀川市のS.A.F.E.アプリの利用も、消防署内では数台の端末でしか使えません。本来は消防署の職員全員がアプリを使えて、お互いにすべての情報を共有できるといいのですが、残念ながら実現していません。
S.A.F.E.が変えた、消防のあり方、家族のあり方
――消防団員のアプリ活用は、ほかにどのような波及効果がありましたか。
遠藤 ペーパーレス化により業務の省力化が図れています。たとえば出動報酬を計算するために、今までは、分団長が紙の団員名簿を使って事務局に提出していました。事務局では各地域から集まる紙の内容を精査して出動報酬の手続きをします。
今は、各団員がアプリで出勤報告し、アプリ上で分団長が確認して承認すると、事務局にその情報が集まる仕組みになっています。事務局ではPC画面でリスト化した形で確認できるようになっていて、すぐに出動報酬の計算ができます。また出動した団員も、個人口座に振込後に自分の出動報酬がアプリで確認できるようになっています。
斎藤 他の自治体の消防団でも、DX化のメリットは何かという話が出ます。今までだと紙で書いた書類を集める必要があったのが、アプリ上のタップ操作で終われば、消防団の活動自体もスリム化することができます。
最近の若い人はアプリに使い慣れていて、デジタルにされていた方が消防団への敷居が低くなります。実際他の自治体では、それまで減る一方だった消防団員数がS.A.F.E.アプリを導入してから増えたという事例がありました。若い人にもっと消防団に入ってほしいですし、今の団員にもなるべく辞めてほしくないという思いがあります。このS.A.F.E.アプリを活用して団員の作業を省力化することで、活動全体の効率化と活発化が期待できます。
――消防団の方は家族との時間を犠牲にして出動していると思うのですが、ご家族の方はアプリが入ったことによって何か影響がありましたか。
遠藤 私の場合は、アプリが鳴ったら家族から「パパ、火事だから行かないと」と言われ逆に出動を促されます。今まで電話連絡があると「ああ火事か」のような反応でしたが、使命感を感じてくれているのか今はアプリが鳴ると出動を後押ししてくれます。いつでも出動しないといけない態勢なので、夜間でも鳴ったら出動しますが、子どもから「パパ頑張って」って言われるようになりました。
自治体へのメッセージ
――こうしたアプリの導入を知って、防災活動のDX化を検討されている自治体に向けてメッセージをお願いできますでしょうか。
遠藤 S.A.F.E.アプリの導入で、火災現場にいち早く駆け付けられ鎮火に向けてのスピーディーな対応が可能になります。また、消防団員だけでなく、事務局の業務も簡略化され、残業も減りました。消防団員の担い手不足が懸念されていますが、その解消に役立つツールにもなりえます。こうしたことは、使ってみていただくと実感できると思います。本市の取り組みについて、何かご質問などあれば遠慮なくご連絡いただければと思います。
* * *
斎藤氏、遠藤氏らが消防団員として日々活動する中で感じた課題、抱えていた思いが結実する形で生まれた「S.A.F.E.」。このシステムの最大の特徴は消防団幹部だけでなく全団員が同時に同じ情報を共有できるところであるが、こうしたDX化は団員同士の一体感のみならず、やがて彼らに関わる家族や地域の人々の心を一つに束ねていくことにつながるのだろう。
近年も他県から自治体が須賀川市に行政視察に訪れ、その結果、他の市町村の防災訓練にも「S.A.F.E.」が導入されるなど、ますます注目が集まっている。
このアプリを東南アジアにも普及させるというチャレンジは端緒についたばかりだが、地域の防災資産である消防団の価値がDX化によって最大化され、世間に広く認められることを期待したい。
* 本記事は、 地方公共団体DX事例データベースに掲載しているDX事例「地域防災の中核である消防団員の活動をICTでサポートするアプリ」の特集記事となっています。こちらもあわせてご覧ください。