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コラム

気象データが先導するオープンデータ活用‐ 鍵はAPIと自動化 ‐

2017年08月07日(月) [株式会社 三菱総合研究所 社会ICT事業本部  主席研究員 村上 文洋]

※このコラムは、「行政&情報システム」(2017年6月号)に掲載した連載企画「資源としてのデータを考える(第7回)」の内容を、発行者である「一般社団法人行政システム研究所」の了解を得て、掲載しています。

→ PDF版はこちら 「「資源」としてのデータを考える_7」 [PDF 851KB]

気象ビジネス推進コンソーシアムの設立

2017年3月7日、気象データを活用したビジネスを産学官が連携して推進することを目的とした「気象ビジネス推進コンソーシアム」(事務局:気象庁)が設立された(※1)。 設立総会の後に開催された気象ビジネスフォーラムでは、様々な気象データの活用事例が紹介されたが、中でも今後の気象データ活用の可能性を示す以下の2例が印象に残った。

気象ビジネスフォーラム後半のパネルディスカッションに登壇した株式会社ローソンの秦野氏によると、ローソンではこれまでも気象データ(天気や気温など)を各店舗に提供し、これを参考に各店舗の発注担当者が商品の発注を行ってきた。例えば、明日は晴天で暑くなるから冷し麺などの発注量を昨日よりも少し増やすといった判断を、発注担当者が行ってきたわけである。しかし、2015年からは、気象データを含む約100のパラメータをもとに発注判断支援を行うシステムを導入した。気象データ以外にも、販売実績やイベント・催事情報などをもとに、商品ごとの発注量を支援システムが提案し、それを発注担当者が最終判断する仕組みである(※2)。 両者は一見、似ているように思われるが、大きく違うのは、発注者が気象データを「見て」判断するのではなく、支援システムに気象データを取り込んで、他のデータと合わせて需要を予測し、「支援システムが提案」する発注量を人が最終的に決定する点である。

もう一つの例は、同じパネルディスカッションの中で、株式会社ハレックスの越智氏から紹介された、株式会社ルグランのTNQL(テンキュール)というサービスである(図1)。私たちは毎朝(あるいは前日の夜)、その日の天気や温度などの情報を天気予報から入手し、着ていく服を考える。TNQLは、気象データやその人の好みをもとに、その日の着こなしをアドバイスしてくれるサービスである。過去のコーディネートを、天気などの情報と一緒に写真で記録しておくこともできる。こちらも、ローソンの例と同様に、気象データを人が見て判断するのではなく、気象データと他のデータを組み合わせて最適解を提案してくれるサービスである(図1参照)。

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図1 株式会社ルグランのTNQL(テンキュール)サービス
出所:株式会社ルグラン http://info.tnql.jp/

オープンデータ流通推進コンソーシアム(当時。現在は、一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構(略称:VLED(ブイレッド))が、気象庁及びHack For Japanの協力を得て、2012年12月に行った「気象データ・ハッカソン」において、6チームに分かれて検討した中のひとつに「おしゃれ予報」というアイデアがあった。これは、気象データとお出かけの予定、手持ちの服などをもとに、着ていく服をアドバイスするもので、まさにこのアイデアが今回実現したことになる。

これらのデータ活用の事例は、これまでの人が見て判断する時代から、コンピュータがデータを取り込んで、他のデータと合わせて分析・予測し、利用者に提案する時代へと移行しようとしていることを示唆している。

オープンデータの効果

オープンデータは、単独で商品となったり市場を形成したりするものではなく、様々な分野で活用される「水」や「石油」のようなものであるため、活用等による効果を試算するのは容易ではない。これまでにも内外でオープンデータの経済波及効果などの試算が行われているが、それぞれ算出方法に苦労している。

オープンデータの効果としては、例えば以下の3つの視点が考えられる。
ひとつめは、オープンデータによる行政機関の業務効率化効果である。オープンデータによる情報公開請求対応業務の負担軽減や、自治体が個別に開発・運用していたアプリケーションサービスが、オープンデータを活用した民間サービスに移行してくことによるコスト削減効果などが挙げられる。業務効率化やコスト削減によりねん出された予算を活用して、新たな行政サービスへの投資も可能になる。
ふたつめは、オープンデータを活用した情報サービス産業の創出・拡大である。総務省及びVLEDが2015年度に作成した「オープンデータ利活用ビジネス事例集」(※3 )では、オープンデータ利活用ビジネスを、「付加価値型」「新価値創造型」「プラットフォーム型」に区分して整理している。付加価値型では既存ビジネスの拡大が、新価値創造型やプラットフォーム型では新たなビジネスの創出が、それぞれ期待される。
3つめは、様々な産業分野でデータ活用が進むことにより生まれる効果である。
3つの視点のうち、この様々な産業分野におけるデータ活用が最も大きな効果が期待できる。そして活用するデータの中で特に有望なのが気象データである。
例えば、農業分野におけるデータ活用は緒に就いたばかりだが、気象データなどを活用して農作物の被害を軽減することができる。前述の気象ビジネスフォーラムでは、ハレックスの越智氏から、気象庁の積雪予想と、ハレックス社が保有する地域ごとの雪質データなどを活用して、水分の少ないサラサラ雪の場合はビニールハウスをオープンにして倒壊を防ぎ、反対に水分の多いベタ雪の場合はハウス内の温度を上げて融雪するといったアドバイスにより被害を未然に防いだ例が紹介された。
また、航空機や船舶の燃費も気象データにより大きく左右される。気象・海象データや、船舶・航空機から得られるデータなどをもとに燃料消費を最小にする高度や航路をナビゲーションするシステムが、内外の企業から発表されている。
小売り分野においても、前述のローソンの発注支援システムのように、気象データやその他のデータをもとに、需要をきめ細かく予測し、機会損失や食品廃棄ロスなどを最小化する試みが既に行われている。

このように、気象データは、今後、様々な産業分野での活用が期待される。この際、気象データ単体で利用されるのではなく、APIなどを介して各種業務システムやサービスに自動的に取り込まれ、他のデータ(他のオープンデータや企業が保有するクローズドデータ、個人情報など)と組み合わされて、詳細な需要予測や被害軽減などを実現する(図2)。

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図2 ハレックスが考える気象データ活用
出所:気象ビジネスフォーラムにおける株式会社ハレックスの越智氏プレゼン資料より http://www.data.jma.go.jp/developer/consortium/20170307_forum/06.pdf

「API」と「自動化」

APIとは、Application Programming Interfaceの略で、コンピュータ同士が自動でデータのやりとりなどを行うための仕組みや手順を意味する。国内最大のアプリコンテストのひとつであるMASHUP AWARDS 2016では、Yahoo!JAPAN、楽天、NTTドコモ、日本IBM、日本マイクロソフト、はてな、東京地下鉄など、IT企業を中心に64の企業・団体が、コンテスト応募者が自由に使えるAPIを提供した(※4)。

政府機関においても、内閣府の「地域経済分析システム(RESAS)」、内閣官房の「データカタログサイト(DATA.GO.JP)」、経済産業省の「法人インフォメーション」、総務省の「政府統計の総合窓口(e-Stat)」「電子申請システム(e-Gov)」など、APIを公開するサイトが増えてきた。自治体でも、静岡市が「しずみちinfo」で、道路通行規制情報などをAPIで提供している。内閣官房IT総合戦略室では、政府機関向けのAPIガイド(仮称)を作成中である。

これからのビジネスやサービスは、官民問わずAPIを介して相互につながり、データなどをやりとりして提供されることになる(図3)。クラウドで労務管理サービスを提供する「SmartHR」は、採用管理システムの「Talentio」や給与管理サービスの「マネーフォワード」、政府のe-Gov経由で厚生労働省の社会保険システムなど、他社や行政機関のサービスとAPIを介してつながり、総合的なサービスを提供している。また、家計簿アプリの「Zaim」は、銀行やクレジットカード会社のweb明細からAPIを介して出入金情報を自動的に取得・活用できる。
このように、異なる組織間のデータのやりとりなどが「API」を介して「自動化」されることで、まったく新しいビジネスやサービスが創出される。この中には、企業保有のデータや個人情報なども含まれる。オープンデータだけでなく様々なデータを、セキュリティやプライバシーなどに配慮した上でAPIを介して取得し、他のデータと組み合わせることで新たな価値が生まれる。

気象ビジネスコンソーシアムの活動が、これからいよいよ本格化する。気象データが、我が国のオープンデータ活用を先導することで、新たなビジネスやサービスが次々と生まれ、他のオープンデータの公開・活用を誘発することが期待される。公開から活用に軸足を移した「オープンデータ2.0」を実現するのはAPIと自動化であり、それを先導するのが気象データである。

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図3 APIエコノミーのイメージ
出所:三菱総合研究所作成



※1 気象ビジネス推進コンソーシアム

※2 気象ビジネスフォーラムにおける株式会社ローソンの秦野氏プレゼン資料

※3 オープンデータ利活用ビジネス事例集(総務省・VLED)

※4 MASHUP AWARDS 2016 API提供企業一覧

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