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コラム

窓口を便利にするのではなく窓口に来なくてもよくする

2019年08月01日(木) [株式会社三菱総合研究所 デジタル・イノベーション本部 主席研究員 村上 文洋]

※このコラムは、「ガバナンス」(2019年7月号)に掲載した内容を、発行者である「株式会社ぎょうせい」の了解を得て、掲載しています。

→ PDF版はこちら 「窓口を便利にするのではなく窓口に来なくてもよくする」 [340KB]

Amazon GOとコンビニの無人レジ

自治体職員の方々の前でお話をする機会があるが、その際、必ず紹介する事例がある。Amazonが提供するAmazon GOと、日本のコンビニが開発・導入を進めている無人レジの比較である。
無人レジの一種であるセルフレジ(バーコードを自分で読み取り支払う仕組み)は、既に一部のスーパーや書店、コンビニなどで普及しつつあるが、さらに進化して、かごの中の商品をICタグで一気に読み取ったり、購入した商品をレジ袋に自動で詰めてくれたりする機能を持つものも出てきている。一方のAmazon GOは、店舗入り口のゲートで本人確認するだけで、レジも現金の支払いもない。YouTubeで公開されているAmazon GOの紹介ビデオ(2016年12月5日公開、図1)では、このサービスのコンセプトを「No lines, no checkout」(並ばせないし現金の支払いも不要)と説明している。
サービスやICT活用に対する両者の考え方の違いは何だろうか。日本の無人レジは、コンビニなどでの人手不足に対応するため、レジの無人化を考えた。店員に変わって、お客にICTを自ら操作してもらうという考え方である。一方、Amazon GOは、顧客が不満に感じているレジの行列や現金の支払いをなくし、顧客の利便性を向上させることを考えた。裏側では大量のデータ処理やディープラーニングなどの最新技術が使われているが、利用者はICTを気にすることなく買い物を楽しむことができる。提供者視点か利用者視点かによって、サービスはこんなにも大きく変わる。

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図1 Amazon GO
出所:https://www.youtube.com/watch?v=NrmMk1Myrxc(閲覧日:2019年5月20日)

この違いは、日本の電子行政サービスを考える上で、大変参考になる。2001年1月に公開されたe-Japan戦略(IT戦略本部決定)以降、我が国の電子行政は「手続きのオンライン化」を進めてきた。しかし住民は手続きをしたいわけではない。行政サービスを受けるために必要だから手続きをする。コンビニのレジも同様で、商品を購入したいから仕方なくレジに並んでいる。本来はICTの恩恵により手続きを不要にできないかをまず考えるべきである。

2009年3月に公表された「IT 新改革戦略 評価専門調査会 特別テーマ評価検討委員会」の報告書「国民が便利と安心を実感できるIT を活用した行政サービスの早期実現に向けて - 「結婚・妊娠・出産・育児」を先行テーマとして -」 *1では、ICTを活用した手続き廃止への第一歩として「児童手当の現況届の省略」について検討している(同報告書p.12以降)。ここでは、児童手当の現況届を規定している法制度を詳細に確認し、厚生労働省の所管部署と何度もやりとりして、最終的には、児童手当の現況届は省略可能との結論を得た(しかしその後の政権交代により実現はしなかった)。

また、2007年度の「IT 新改革戦略 評価専門調査会 電子政府評価委員会」では、e-Taxの導入に合わせて年末調整を廃止することを検討した *2。年末調整は、戦後の公務員不足を補うために、企業が行政に代わって行ったのが今でも続いているものである。源泉徴収についても戦中の戦費調達の名残が今も継続している。年末調整などの業務は、企業にとって大きな負担になっており、上記の検討の中では、年末調整をなくして従業員全員がe-Taxで確定申告を行うようにすれば、日本の企業は約1,700億円/年のコスト削減になると試算した。この結果に対しては、従業員の負担が増えて(e-Taxが便利ならそれほど負担道にならないはずだが)社会全体のコストが上がるのではないかという指摘と、自治体から住民に送られる「税額決定通知書」の電子化の問題(当時は今ほどスマートフォンが普及していなかった)などがあり、残念ながら実現には至らなかった。

このように、住民がICTの恩恵を受けるためには、手続きを電子化(オンライン化)するのではなく、手続きそのものをなくすことを検討すべきである。行政の窓口についても同様である。
住民は窓口に来たくて来ているわけではない。相談や手続きのために窓口に来なければならないから、しかたなく来ている。来なくて済むのであれば、わざわざ平日の昼間に時間をとって来たくはない。これが利用者である住民視点の発想である。
しかしこれを行政サイドから見ると、どうしても窓口に来た住民にどう対応するかという発想になってしまう。窓口で待たせないためにはどうしたらいいか、いくつもの窓口を回らなくてもよいようにするにはどうしたらよいかなど、窓口に来ることを前提に行政サービスの改善を考えてしまう。

民間では既に窓口の廃止が進んでいる。以前、鉄道に乗る際には、窓口で行き先を告げて切符を購入していたが、これが自動券売機になり、自動改札の普及で切符の購入も不要になった。JR東海のスマートEXは直前まで予約の変更ができる。飛行機でもチケットレスでの搭乗が増えている。銀行も窓口からATM、さらにはモバイルバンキングへと移行している。シェアカーはレンタカーのように窓口に行かなくても、スマートフォンで予約・開錠・支払いまですべてできる。
自治体においても、窓口を便利にするのではなく、窓口をいかになくすか(来なくてもよいようにするか)を考えるべきではないだろうか。

民間経由での行政サービスを考える

もう一つの大きな行政サービス改革は、民間サービス経由での行政サービスの提供である。これも講演などでよく紹介する事例だが、家計簿アプリのZaimが、全国の自治体の給付金や控除情報を集めて、利用者に提供している。Zaimは、買い物した際のレシートをカメラで写して自動入力したり、銀行やクレジットカード会社とオンラインでつながって、出入金や支払いなどの情報を取り込んだりすることができる。住んでいる自治体や家族構成、世帯の所得なども登録している。ここに自治体の給付金などの情報が加わることで、自分が受けられる可能性がある給付金や控除に関する情報を、Zaimが教えてくれる。
行政視点で見ると、自治体のwebサイトに給付金や控除に関する情報は載せてあるので、住民はこれを見ればいいと考えがちだが、行政のwebサイトは必要がなければ見ないので、せっかく情報を掲載していても住民に届いていない。スマホ対応が遅れている自治体のwebサイトは、より一層見られなくなっている。

一方、家計簿アプリは、毎日使うサービスなので、ここに必要な行政情報が載っていれば、見逃すこともない。行政はどうしても自分で何でもやりたがる「自前主義」に陥りがちだが、もうその発想はやめて、民間サービスとうまく連携する、もっと言えば、民間サービスに行政の情報を載せてもらう、行政サービスをつないでもらうことを考えるべきである(図2)。
住民が日常的に利用するサービスのほとんどは、民間サービスである。民間サービス経由で行政サービスも利用できれば、住民にとっても便利だし、行政は自前で不慣れなwebサイトやアプリを作らなくてもいいし、民間サービスを提供する企業にとっても、行政サービスまで範囲を広げることでビジネスチャンスが広がる。

2016年11月24日に開催された「第19回新戦略推進専門調査会電子行政分科会」で、構成員の坂村健さんは、提出した資料の中で「行政のすべての機能をAPI *3化すべき」と述べている *4。これからは情報やサービスがAPIで相互につながって「APIエコノミー」を形成する時代が来る(図3)。行政サービスも、この流れに乗り遅れないようにしないといけない。

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図2 自前主義からの脱却
出所:三菱総合研究所作成


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図3 APIエコノミー
出所:三菱総合研究所作成

役所の役割が変わる

さて、それでは役所の窓口は完全になくなるのだろうか。私は形態や役割を変えて残ると考える。例えばスマートフォンに慣れていない高齢者のために、相談や手続きができる場所を残しておく必要がある。ただしこの場合も、紙の用紙に記入するのではなく、職員が聞き取ってタブレット等で入力したり、マイナンバーカードなどを利用して、住所・氏名等の入力を簡略化したり、相談内容を録音・テキスト化して職員の負担を減らすなど、ICTを最大限有効活用する必要がある。住民のところに職員がタブレット持参で出向いて行って、相談や手続きを行うことも考えられる。

これまで、役所は主に手続きや相談に行く場所だったが、今後は住民が役所に行く意味や機会も変わるのではないだろうか。例えば、住民参加のワークショップを開いたり、学びなおし(リカレント教育)の機会を提供したり、NPOに活動の場を提供したり、住民相互の交流の機会を提供したり、リビングラボ(利用者参加のサービス開発拠点)を設けたり、朝市で採れたての野菜を提供したり、コワーキングスペースを設けたり、日常的に気軽に立ち寄れるカフェやミニギャラリーを設けたりするなど、様々な地域活動を支援する場にしていくことが考えられる。

人口減少が続き、公務員も減る時代においては、行政職員が担う仕事の中で、定型業務はできるだけAIなどに任せ、住民との密なコミュニケーションや住民相互の交流機会の創出など、非定型業務の比率を増やしていくことが考えられる。これからの行政職員が担うべき役割を明確にし、それに必要な場づくりを進めていくことが必要であろう。

*1 IT 新改革戦略 評価専門調査会 特別テーマ評価検討委員会報告書(2009年3月)

*2 IT 新改革戦略 評価専門調査会 電子政府評価委員会
年末調整処理業務の効率化の検討最終報告資料(2008-02-20)

*3 Application Programming Interface の略。システム同士が相互に情報のやりとりをする仕組み

*4 (坂村構成員提出資料)第19回新戦略推進専門調査会電子行政分科会向けコメント

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